御殿場の秀逸な話

90年生まれのゲイから見た秀逸(言いたいだけ)な話。

御殿場の秀逸な話

しわしわ

・変わろうとしてないのに変わろうとするヤツ。変わりまへん。

・愚痴・不平・不満をguti gutiと言うだけのヤツ。変わりまへん。

 

永遠にフィクションで生きてんのかなーみたいなファンクション。

転がる意思に苔は生えんのだぜ。 って思ってる間に2月へ突入。

 

1月はイク。2月は2度イク。3月はサル。それはもう、サルのように自慰行為を繰り広げていたんです。というわけでもなく、大雪が降って在宅勤務にならないかな、と思う毎日です。寒い。

 

風呂の話。

普段湯を溜めんが、寒さのあまり、ここはいっちょ湯を溜めて体の芯から温まってやろうじゃないかと思ったわけです。

レッツ湯船。レッツバスタブ。ダバダバ。

久しぶりに湯を溜めたバスタブで、本を読もう。デトックスにもなるんじゃないんか。知らんけどと思い、井伏鱒二の「黒い雨」を持ち込む。湯気でふやけないように、ジップロックに入れて30分は読んだかな。さぁ、湯から出ようかと本を閉じた指は、しわしわにふやけていた。

ふやけた指同士、親指と人差し指を擦り合わせて円マークを作り、ぐにぐにした感触を子どもみたいになって楽しんだ。 

 

指がふやけるまで風呂に入ったのはいつぶりか。5歳とか、そんくらいか。

あの時は風呂桶1つを湯に沈めたり、浮かべたり、被ったりした。湯の中で屁をこいたらブクブクと気泡が出て笑ってたな。それだけで全てが面白かった。もうあの頃には戻れん。

今や26歳の私が風呂場で風呂桶を沈めたり、浮かべたり、被ったりして大笑いしていたらとても気の毒だ。母親が見たら「昔はいい子だったんですよ」と言うに違いないし、そんな事して笑うのは阿呆しかおらん。

しかも、その阿呆が自分だと言うことに気づいたので、頭の中は絶望・死亡・白望・現実からの逃亡。気が病む。なんだか苦しい。指先はまるでゴム手袋をしているかのよう。いやいや、指、ふやけてるやん。

と思いながら、ふやけた指を見た。

先ほど、円マークを作った親指と人差し指は、ふやけすぎて竹輪みたいになっていた。いや、竹輪になっていた。

これなら、小腹が空いた時にいつでも竹輪を食べる事ができる。忙しい現代人にマッチしている。いやー、これ、食べた後は再生するんかな。そこが懸念点。

カイワレみたく、根っこを残せば生えてくるんか。つまり、竹輪の根っこ、白い部分を残せば生えるのか。答えは竹林、じゃない、竹輪のみぞ知る。

食べ方が汚い場合、例えば、歯型が残った状態で再生を待った後、変な生え方されても困るし食べないことに決めた。

これからは竹輪と共に生きることに決めたよ。

 

竹輪と言えば、記憶のエピソードがある。

5歳になったばかりの2月中頃。夕方。

雪がちらついて寒かった。

早く自宅に帰ろうと急ぎ足で友達宅から帰る途中、道端に2リットルペットボトルが6本入るサイズのダンボールにネコが入っていた、捨てられていた。

覗き込むとまだ子猫で、人間が珍しいのか、遊んで欲しいのか、みやあみやあ鳴く姿を見て、特にネコは好きじゃなかったが、「どしたんか?」「寒くないんか?」とネコに語りかけたり、喉元を撫でると嬉しそうに目を細めるネコに寒さも忘れ夢中になった。

しばらくそんな事をしていると、急に寒気が来た。あ、オレ、家に帰る途中やったわ。寒いし、はよ帰らなあかん。せやけど、この子寒いやろうし、家で飼えんかな。と思い、ダンボールを抱え、寒さもあって小走りで帰宅した。

 

友人宅から帰ってきた息子が、ダンボールを抱えて帰宅してきた。

2リットルペットボトルが6本入るサイズのダンボールにQooやペプシコーラではなく、ネコが入ってる。

そんな息子とネコを見て、

「とりあえず、寒いし家に入れてあげなさい。」と母親は言ってくれた。

このネコを飼いたいと母親に言ったら、「父親の許可が出ればOK」と言ってくれたが、困った。

休日は車や単車を弄るオイルまみれの父親が、ネコを飼うことを許してくれるのか。

このネコの口からオイルが出たり、ボルトを緩めると手足の可動域が広がったりすればいいんだろうが、見た感じそういう機能はなさそうだし、父親が小動物を愛する姿が思い浮かばない。

そんな事をウンウン考えていると、父親が帰ったきたので、確認する。幼少期時代の父親がくだす決定権の強さは凄まじい。

「ネコを拾ったけん、飼いたい。いや、たまたまダンボール持って帰ったら中にネコがおったんよ。やから、これは、もうあれや、飼うしかないかなって思うから、飼ってもいい?」

「子ネコやったら飼ってもいいけど、大人はつまらん。躾とか覚えんからな。飼うなら小さいヤツ。子ネコやったらいい」

「この子、子ネコやから、飼っても大丈夫?」

「おぉ、ほんなら飼いなさいよ。飼うんやったら、ちゃんと面倒見ないかん。明日、仕事帰りにエサとかシッコ砂とか飼ってくるわ。そのかわり、面倒見なつまらんからな」

「ありがとうございます!ほんなら、この子は今日からウチの子やね。毛並みが茶色と白色で、竹輪っぽいし、竹輪にするわ、この子の名前」とかなんとか言い合って、スムーズに父親の許可が出た。こんな感じで会話したわ。21年前やで、しかし。

竹輪は、茶色と白色のふわっふわっした毛並みをした元気の良いオス猫で、ぱっと見、本当に竹輪っぽい。本人も知ってか知らずか、竹輪を与えると喜んで食べた。

人間の食べるものをネコに与えるのは良くないんだろうが、竹輪とキャットフードを混ぜたものを与えると、喜んで食べていたので、近所のスーパーの馬鹿でかいポップに「毎日がお買い得!関門竹輪 4本入り 88円!」と書かれた、ぼちぼち安い竹輪を母親がまとめて買ってきていたので、我が家の冷蔵庫には、関門竹輪 4本入り 88円が常備されていた。

関門竹輪 4本入り 88円は竹輪に与えるだけではなく、「竹輪と野菜炒め」「竹輪主体のおでん」「竹輪うどん」「竹輪と竹輪の炒め物」とかそんな感じで食卓に並んでいたり、家族が居ない時に、関門竹輪 4本入り 88円を冷蔵庫から取り出し、竹輪と仲良く半分ずつ食べたりしていた。母親には勿論、バレてしまい怒られた。

 

そんな竹輪も2年前の2月ごろ、奇しくも初めて私と竹輪が出会った2月に死んでしまった。

死ぬ数ヶ月前から、排泄や食事以外ではあまり動かくなり、食事もロクに食べなくなっていたので覚悟は出来ていた。

歯も欠けていたので、シニア用のキャットフードを与えていたが、ある時期を境に口にしなくなった。しかし、好物の竹輪だけは、もそもそと食べていた。そんな竹輪が愛おしかった。

 

生あるものは、必ず死ぬ。

 

2月の寒い朝、竹輪は死んだ。朝、母親が起きて台所に行くと、テーブル下で眠るように死んでいたらしい。

近所のペット専門の葬式屋に竹輪の遺体を持っていき、小さな小さな棺桶には、竹輪を入れて見送った。

 

それ以来、竹輪を見るといろいろ思い出してしまい、ここ1年くらいは竹輪を食べていない。という私の妄想。デタラメ。虚像。妄想。残るは雑感。竹輪が食べたい思考に支配されていた。

 

コンビニのホットスナックコーナーにフライドチキンがあるが、その横に竹輪を置いておけば、少しは売れると思う。私だったら買う。

これを見た、コンビニのマネージャーあたりが私のアイデアをヒントに竹輪商品を展開し全国規模でスマッシュヒット。

イデア元の私に、感謝の気持ちとしてnanacoポイントを100万ポイント付与してくれんかなぁ。

 

今日は、一生分の「竹輪」という文字を見た気がする。きっと、目がしわしわしているに違いない。

 

 

 

 

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