御殿場の秀逸な話

90年生まれのゲイから見た秀逸(言いたいだけ)な話。

御殿場の秀逸な話

今年は恋愛運が高めだと思いこんでいる

山口県に越してきて1年経ったわけで。ひとり暮らしを始めて1年経ったわけで。ミニマリスト気取りの生活を1年経ったわけでおます。

 

冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機、車、テレビが無くとも楽しい毎日が送れているよ!狭い家でも特段問題無いよ!と周りに言うと、怪訝な顔をされる。コイツは変わり者だ。いつか、どてらい犯罪を犯すんじゃないか。いつか、ベンチャー企業を設立してBIGなウェーブに乗ってIT業界にレゲエ砂浜BIG WAVEを巻き起こすんじゃなろうか。みたいな目つきでジロジロ見てくるということはない。モーマンタイ。毎日楽しい。うふふ。人生楽しい。ららら。

 

ただ、我が家の面積が狭いからかゲイ友達からは「ヤリ部屋」「ハッテンバ」等と呼ばれている点を除けば。

所謂、ハッテンバにはイったことが無いので、ここから先の話は妄想と空想、独断と偏見、虚偽のオンパレードになるかも分からん。

恐らくハッテンバの雰囲気は、落ち着いてセックス出来るように配慮して店内は暗い。また、部屋内が散らかっていると円滑なセックスに支障をきたすため、こざっぱりと清潔かつ備品等が整理整頓されていると推測される。

 

一方、我が家の雰囲気は、日当たりが良く天気の良い日はとても明るくポカポカした暖かさすら感じる。ハワイのような明るさと雰囲気がある。ハワイには行ったことないけどな。

いつでも落ち着けるように部屋内は衣服、ビニル袋、オナティッシュ、紅茶のティーバッグ、帽子、菓子(未開封)、空のペットボトルが乱雑。生活感をこれでもか!と醸し出す事に成功。リフォームの匠も膝をつき2度と顔を上げられないだろう。やっぱりオレは天才だと常々痛感してしまう。

 

話は脱線したが、上に書いたようにハッテンバと我が家の雰囲気は大きく違うし、我が家でセックスをした事はないし、男を連れ込んだ事は1度もない。いや、1度だけあるけど。終電を逃した友達が泊まりに来たくらい。

 

で、あるからに我が家はハッテンバでは無いことが証明された。正義はいつでも勝つんだよ。みたいな事を書くと、「明るいハッテンバもあるんだよ!」とコメントを書かれて、炎上。インターネットに精通している方が我が家を特定。あ、精通ってソッチの精通じゃないよ。住所を特定された日から、頼んだ覚えのないピザや特上寿司、マネキン、ダッチワイフが注文される。あげくの果てに、デリヘル嬢が参戦。ちゃっかりヤっちゃって「女も悪くないかも…」と思う傍ら、強いストレスに打ち負け、心がポキっとね、みたいな感じで病んでしまう。病んでからの生活は何を見ても灰色。楽しかった毎日がダークマター。結果、我が家に火を放ち自刀みたいな。平成の織田信長。もう平成は終わるけども。

 

こんな事ばかり書くからモテないんだなぁ。と思った。こんな自分を好いてくれる人は奇特だ。だが、しかし、そんな方を募集してます!

普段は真面目なスーツリーマンしてます!テンプレートみたいな自己紹介文に唾を吐く毎日。今年は恋愛要素に特化するぜ。待ち人来ず。

 

ps

御籤に書かれている「待ち人」は、あなたの運命を良い方向に導いてくれる人の意味らしいです。こんな駄文を読んでくれた方へのせめてもの償い。明日から「待ち人」の意味をしたり顔で、友達、上司、後輩、先輩、同期、通りすがりの人に使っていってな。

 

人生の目標

会社の面談で、今後の目標や人生の目標を聞かれた。難しい顔をしながら「専門性のある職種。例えばアナリストみたいな仕事で飯を食べたいです。需要があるのは都市部だと思うのでいずれは東京辺りに行きたいですね。情報は場所問わず得ることが出来ますが、現体験出来るのは都市部の魅力だと考えていますので。」なんて事を喋った。半分本気、半分ガチ。いや、それマジやん。

 

まぁ、マジですよ。本気でっせ。

でもな、せやけどな、肩の力を抜けば「毎日ご飯が食べれて、たまに贅沢という名のもと、あまつさえ酒が飲めて、休みの日には本を読んだりゲームが出来てぼちぼち健康で暮らすのが目標なんです。」と言いたい。喋りたい。伝えたい。 

 

所謂、夢があった方がなんとなーくカッコいい気がする。なんかスゴいヤツな気がする。目標のために頑張ってるヤツみたいな。

 

でも、毎日平穏に暮らしたいという夢もカッコいいと思うよ。胸を張って言いたいよね。

正直、大人数の飲み会ダルいです。なんて胸を張って言いたいよね。

 

世間体を気にするのは疲れる。

でも、デカい顔しちゃう君の気持ちも分かる。うまく行かないのが人生だ。さよならだけが人生さ。春に近づくと寂しくなるよね。まだ冬だけど、時間は止まらない。一歩一歩春に近づいている。別れと出会いの季節。そんな春。花粉症の症状が辛いのか、毎年涙を流す。センチメンタルボーイ。

2019年は鳥になりたい

今年はあれやな。あれだよ、あれ。
だから、あれだよ。
そうそう、今年は良い年だったんだよ。
Twitterとブログがフル稼働。結果的におもろい人と知り合えてマジ感謝(あざす)みたいな。人との出会いってマジでオレの財産(マネーの虎)みたいな。知的財産権。百姓一気。大塩平八郎の乱みたいな。

 

気づいたら2018年終わってたよ。2019年始まってるんですけど。

マジウケるんですけど。いや、全然ウケないんですけど。年越しソバ食べてないんですけど。年越しの瞬間、寝てたんですけど。参拝にも行ってないから2019年になった実感が湧かないんですけど。でも、エロ動画サイトの最下部に「〇〇2019」と表記してあって、現実を突き付けられたよ。マジで。

 

みんなは抜き始めは終わったかな??

1オナ、2オナ、3オナ。縁起がいいね。

 

コイツ、文章が狂ってやがる。

 

今日は「ドキッ☆ゲイだらけの新年会」なのです。なので、ようやくオレも2019年を迎える事が出来るかな、とも思ってる。

いやー、しかし。駄菓子菓子。うまい棒はタコ焼き味派。

ゲイが集まるコミュニティが得意ではないので、なんだかなぁと思いながら空を見上げる。鳥が飛んでる。鳥になって、この大空を羽ばたきたいなぁと思う。今年の抱負は「鳥になる」。

なんだかなぁ、と思うなら新年会に誘われた時に断れば良かったじゃないか!と鼻息を荒くしながら突っ込んでくる人がいるかも分からん。

確かに鼻息荒男くんの言う通り。気が乗らないなら、断ればいい。

複数人(3人以上)で集まると、会話を広げたりを振ったりと、頭と気を使う。

食事でもしようものなら、グラスの残り具合、料理の残り具合を把握しながら、いい感じのタイミングを見計らい「次、何か頼みますか?」と声をかける。頭と気を使いすぎた結果、頭が割れ、脳ミソが噴出しそうになる私。遊ぶならサシが良い。

 

新年会のメンバーは歳上なので、気を使う。

しかしかながら、このままの自分じゃあかんと思う。苦手な事を克服したい。そう思う人間で良かったかも〜と思いながら、年下としての立ち振る舞いを見せてやるぜ。だけど、無理はしない。楽しめなくなれば帰ればいいのさ。ラミパスラミパス。鳥になりたい。

気づいたらクリスマス来るやんけ

書きたい内容を並列してチマチマ書いた結果、どの内容もまとまらず全て未完成。オレの人生みたいでステキ!と思えるオレのポジティブ思考。最高。

 

あっという間に12月。すなわちクリスマスシーズン。

サンタクロースのオジさんは繁忙期。子供たちに夢を配るのさ。るるる。サービス残業辛いな。るるる。上司が無能でムカつくな。とほほ。みたいな感じで働いていると思うと頭が上がらないよ。マジでリスペクト。

 

でもね、クリスマスの日には彼氏と火鍋を食べたいよ。お願いサンタさん。彼氏が欲しいな。クリスマスイブ、夜遅くまでセックスしてクリスマスの日は昼過ぎに起きて、ダラダラしながら抜きあったりして「お腹減ったねー」なんて喋りながらスーパーに行って、鍋の材料を買う。まるで夫婦みたいだね、とかなんとか言って微笑み合う。これが幸せなのかな!?とか思っちゃう。みたいな事は求めてないよ。

 

暖かい部屋でジュースをがぶ飲みしながら、画面外に吹き飛ばしたら勝ち!スマッシュ攻撃を狙え!みたいなゲームが出来たら今は幸せだっつーの。

幸せのテンプレート更新していこうぜ。

 

PS

一昔前に、だっちゅーの。ってワード、流行ったよね。平成も、もう終わるぜ。るるる。

なんとなく生きる

生きてる理由ってなんやろう。何を目標に僕は生きてるんやろう。1時間くらい考えた。実際には3分くらい考えた。思考時間が長い人ってカッコいいかも、と思って話を盛ってしまった。こうやって人は、しょうもなく嘯いてカッコをつける。で、話をしていくうちにアホやとバレる。顔が青くなる。


「次からは気をつけよう」と意識を高めるも、人間そうそう変わらない。高めた意識は日を追うごとに低くなり同じ事を繰り返してしまう。過ち。誤ち。すなわち、偽り。知らんけど。

 

生きてる目標が無い。というのは突き詰めると、死んでるに等しい。もしくはゾンビのような状態。意味もなくフラフラしている価値の無い人間。俺はそんな人間かも分からん。
新しい自分を再発見出来たかも知らん。
死んでるに等しいなら、一刻も早く死んでしまおう。善は急げ。今の人生にサヨナラだ。来世は優しさに満ち溢れたイケメン・高身長・巨根な男性に生まれ変わる。私は変わる。変わらなきゃならん。都合のいい輪廻転成。

 

どうせ死ぬなら、痛くない死に方がいい。なるべく苦しまずに意識が遠のいていって、周りがボヤボヤ白くなっていく。気づいた時には全裸でホギャーホギャー泣いている赤ん坊になってました。みたいな。それがいい。
切腹するも血が中々出ずに死ねない武士みたいなのは嫌だ。こうなったら、苦しまない死に方をリサーチするしかない。持ち前のアクティブさ素敵やんけ、と思いながらインターネットで調べてみると、いろいろ情報が出てくる。
とあるサイトには、苦しさ指数や手軽さ指数も記載されていて、とても便利だなと思ったが、死んだ人間は蘇らない。


つまり、「苦しさ ☆ 初心者にオススメ!」とか「手軽さ ☆☆ 車が無いと厳しい。」と書かれている情報に信憑性は無い。「苦しさ☆」でも、ものすごく苦しいかも分からない。苦しくて死んでしまうかもしれない。
あ、死のうとしてるのに、こんな事を考えてるなんてダメな子だなぁ。なんて思いながら、腹が減ったのでカップラーメンを食べて就寝。お腹一杯で眠いし、死ぬなら明日かな、なんて考えながら。結局死なない。

トーキョー紀行文

2泊3日で日本のコンクリートジャングルこと、トキオもとい東京に行って来た。

 

拭いきれない疲労感と闘いながら空港のラウンジでこれを書いてる。私。

 

6年ぶりに行った東京は変わってたり変わってなかったり。人は多かったけど多くなかったり。

 

久しぶりに会う友達、初めて会う友達。本社に顔を出したり、色んな人と顔を見ながら話せて良かった。当たり前かも知らんけど、みんな良くしてくれて泣いたよ。優しくて泣いたよ。号泣したよ。ナミダちょちょ切れたよ。in my ハート。 

 

つよく心に残ったことを2点。

 

1.コンビニ

居酒屋を後にして、金額を気にせずにコンビニのカゴの中にモノを入れる。入れていく。放り投げていく。会計時に、今後コンビニでは支払わないであろう金額が表示。爆笑。大学の時っぽくておもろかった。レシートは取ってあるので額縁に飾ろうかしらん。

 

2.2丁目

ゲイのホームグラウンドもしくはアンダーグラウンド的な場所。新宿2丁目に行って来た。

自分は同族嫌悪的な、ふんわりしたホモフォビアの気質がある。具体的には短髪、筋肉質でオネエ言葉(オネエ仕草)の方々。申し訳ないけれども、ゾッとしてしまう。テンプレート恐怖症かも分からん。知らんけど。

 

2丁目の通りを歩いたり、タバコを吸っていると、恐らく友達同士で喋ってるゲイトークが聞こえてきて感動!なんて事はなく、ゾクゾクしてしまった。

 

ぽこぽこ歩きながら教えてもらったゲイバーに入った。人生初ゲイバー。めちゃくちゃドキドキした。

結論から申しげると「酒を飲むのが好きだから居酒屋あるいはバーで十分」という感想でございまする。

 

帰る時に「ボサボサした髪がノンケっぽい!てか、絶対ノンケでしょ!」と言いながら、ママっぽい人にチンコを触られた。私はサービス精神が旺盛なので、気にしない。決して気にしない。何があっても気にしない。ははは。全く気にしてないんだぜ。

 

めっちゃ怖かった。

ノンケがゲイに対して「なんとなく怖い」というイメージってこんな感じなのかなと思ったり、思わなかったり。知らんけど。

 

久しぶりの東京は遠いと思ったけれど、案外近かった。また近いうちに遊びに行きたいなと思う。その時はゲイバーじゃないバーで飲もう。知らんけど。

 

森美術館の特別展が良かったなぁ。

 

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元カレのこと

人生で2番目に付き合った元カレと過ごした記憶は悪い思い出もあるけど、良い思い出の方が多い。

オレが20歳の時に元カレは17歳。そんな当時。

 

お互いにバイトはしていたけど、金がなかったので某コーヒー店でスターなんちゃらラテを頼んで公園で飲んでお喋りして解散。雨が降った日には某コーヒー店でキャラメルなんちゃらフラペチーノを飲みながらお喋りして解散。みたいなデートが多かった。コーヒーが好きな所はこういう所から来てるのかも分からん。

 

親が居ない日には家に遊びに行って、好きなバンドの音楽をダラダラ聴いたり、お互いオススメのマンガを読みあった。アホな話を沢山した。笑いあった。楽しかった。

 

「成人した時に好きな人が居て、この人とならエッチしたいと思った時にエッチしたらええやん」ってオレは言ってた。未成年だから、という理由で手は出さなかったし、好きすぎて性欲が高まらなかったように思う。ありきたりなJ-POPの歌詞にありがちな「ただ隣に居てくれるだけで良い」みたいな。そんな感じ。

 

ただ、ずっと抱き合ってた。

オレの身長は今と変わらない158センチ。元カレは178センチくらいあった。背が高い人に惹かれるのはこの思い出が忘れられないから。相手の胸にオレの頭が来る感じ。いいよね。

 

 

17歳。若い。たくさん悩む。だから、悩みをたくさん聞いてた。

将来のこと。進学のこと。家族のこと。自分のこと。見えない未来は苦しい。

だけど、悩みが解決した時の元カレの笑顔は忘れらない。嬉しそうだった。オレも嬉しかった。解決して悩みが出たら、また話を聞く。とりあえず、それでいい。人から相談されるのが好きなのは、この時の経験から来てる。これは絶対間違いない。逆に自分から中々悩みを相談出来ないのも、この時の経験から来てる。

 

 

元カレは所謂バイセクシャル

女の子としか付き合っていなかった。オレが初めての彼氏。ドキドキするよね。

バイにはバイの悩みがあるらしく、ゲイなオレを頭を捻りながら話を聞いてた。ゲイの中には「バイとは付き合えない」という人もいる。自分の「バイでもいいじゃん、なんでもいいじゃん、どっちでもいいじゃん」という価値観はこの時に出来た気がする。

 

色々書いたけど、歳下が好きな理由は元カレの思い出をどこかで抱えてるのかなぁと思う。

 

だけど、別れ方は良くなかった。付き合って1年と少し。

ココでは詳しく書かないけど、自分との関係を解消することが最良の選択としか思えなかった。当時の自分は引き出しが少なかった。

未だに後悔してる別れ方だけど、別れて3年後、街でバッタリ会った時に「あの時言ってくれた事はキツかったけど、今思えば正解だと思うよ。」と言ってくれた言葉に救われた。

 

当時の事を振り返りながら書いた。

やっぱり楽しい思い出が多い。思い出は美化されていく、という。
自分の記憶には今もはっきりと残っている。自分の思考・嗜好にもはっきりと現れている。

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