御殿場の秀逸な話

90年生まれのゲイから見た秀逸(言いたいだけ)な話。

御殿場の秀逸な話

ロハス

アプリのプロフィールに

「友達欲しいです!メッセージ待ってます!」と書いてあるのを見て、友達欲しけりゃ、テメェで動けよ。なんて思ってないかな?いやいや、私ですやん。みたいなジョークは粗大ゴミ行きですよ。可燃物だよ。

 

アプリでのやり取りって写真かプロフィールを見て「良さそう」と思って絡む事が大半だからお互い0から始まる。人柄が分かるまで時間がかかる。これが、なんとなーくだるい。

 

ブログやツイッターで、その人の生活(価値観)がゆるーく分かって、なんとなーく人柄が分かった上で絡む方がスムーズだなぁと思った。ベースが有るのと無いのじゃ、大違いだよね。って思った私っす。

アリルイヤ

連日の更新。

先週は研修と飲み会により仕事が終わらず、多忙だった。

とか言いつつ、飲み会に行きたがるもんだから周りの人からは「社会人なんだから仕事をしなさい」とガチトーンで注意されるもポケットの中で中指を立てながら話を聞く私。かわいいとこあるじゃん。小さな反抗。パンクスの性だけど、社会人としては失格。そんな自分を愛でたい。

 

そんなこんなで、ブログを更新していると、「読者通知」が届く。

「読者通知」とは、所謂はてなブロガーの方が私のブログを定期購読しまっせ。というお知らせなんですって。

通知が届くたびに、自分の書いた駄文・散文・雑感に時間を割いて読んでくださるなんて奇特だなと思う。

なので、読む時間があったら、他に時間を使った方がいいですヨ!なんてことを言いたくはならない。

もしくは、私の書いた駄文を読んでくださってありがとうございます。感謝の念が強すぎて、頭が床から離れませんでございます。みたいに、丁寧な気持ちが先行しすぎて何を言ってるのか分からない人なんて事にもならない。

「読みたきゃ、読んでくれればいいじゃん」とシティボーイ気取りで思っておりまする。ぞなもし。何奴。冷奴。

 

研修の時に、斜に構えている人に会った。

内向的で、物事をちょっと屈折して捉えるような性格の人。

私が内向的な人が好きなのもあって

「内向的だから、いいやん。オレは好きよ。内向的な人が好きな人もおるんやから、自分を愛してあげり(北九州弁で、愛してあげなさいの意味)」

みたいに意図的では無く、自然と肯定したところ心を開示してくれて深い話まですることが出来て、なんだか嬉しかった。

 

自分を自分で讃えることが出来れば、少しは楽になるのかな。なんつって。

 

ホサナ

ふと、あぁあの人みたいな、あのブロガーみたいな、あのツイッターでフォローしてる人みたいな面白い文章が書きたいなぁと思う。具体的な名前は伏せる。井伏鱒二。黒い雨。山椒魚。みたいな。ハイ、ここまで90文字。そのうち「みたいな」の言葉が4回出てきました。現代疾病に違いない。

「的な」「みたいな」「カタチで」「風で」とか、つい、使いがち。曖昧にしがち。曖昧強欲ステルスコラージュ。オレは何を言ってるんだ。

 

類友。類は友を呼ぶ。

ツイッターのタイムラインを眺めていると「〇〇飲みしてきた!楽しかった!ありがとう!」と写真付きのツイートをよく見かける。

写真を開くと、ガチムチ!短髪!ヒゲ!みたいなテンプレゲイが何十人もおり、心が苦しくなる。おそらく、これは自分の中のある種のホモフォビアであるんじゃなかろうか。

ゲイなのにホモフォビア?笑っちまうぜ!ファックだ!お前は!!!と目を真っ赤にし、唾を飛ばし怒り狂う方もおるかも分からん。

しかしながら、なんだか怖いものは怖いのは仕方ない。こうも、似た人が集まるのが怖い。みんな同じ顔に見えて仕方ない。国民的アイドルグループに見えて仕方ない。やはり、類は友を呼ぶんだろうか。落ち着くんだろうか。個性とはなんなんだろうか。と思う。まぁ、なんでもいいけど、幸せでありたまえ、とも思う。

どうでもいいことばっか

ここ1週間ぐるぐる考えているもんだから、どんどん負の坩堝にハマっていた。悩んでいた。そのせいか食欲が無くなった。耳鳴りが多かった。自慰の回数が多くなった。マスかき猿。

 

考えても答えは出ないので、考えるのを止めよう。それで判決っちゅーこと。脳内審判、判決クダス。

 

先が決まってない、見通しがない、目標がないから人間は不安になるらしい。

それだったら、先が見えない事に楽観的になればいいじゃない。何が待ってるんだろうとワクワクしちゃえばいいじゃない。

キュン死した話

とりとめのない話。

 

先日、後輩が誕生日だったのでアルフォートをあげた。その日は20時過ぎまで残業だった。タスクが終わらん。このままでは忙殺される。世界が終わらんかなとも思いながらタバコを吸っていると、「今日、予定なかったら22時まで飲みに行きません?」と後輩からメッセージが飛んできた。時計を見ると20時。タスクが終わらんなら、終わらせなければいいやんけ!と思い、「よろしくどうぞ」とメッセージを飛ばし、タバコの火を消し、PCの電源を落とし、「オツカレッス!」と、よく分からんテンションの挨拶をして会社を出る。世界よ終わるな。と思いながら居酒屋へ向かう。

この後輩は内向的、つーか、シャイ?みたいなやつなのでメシは基本私から誘う、みたいな?

しかしながらサシで飲んだことはないし、初めて後輩から誘われた事が嬉しくてキュンキュンした。足取りもライトリー。跳ねてたかも分からん。

乾杯して雑談もそこそこに「誕生日なのに飲みに誘ってくれてありがとう。22時までと時間が決まっているのは、この後予定があるからだよね?なんか悪いことしたわ。」と日本人的要素満載で謝ると「いやいや、誕生日を覚えてくれてて嬉しかったんですよ。あと、22時までって送りましたけど、特に予定はないんですけどタナカさんが疲れてるかなと思って・・・」と奥ゆかしい感じで、ちょっと照れたように言うもんだから、私はキュン死してしまった。

 

君、ズルいわ。

 

話の流れで今度、映画を観に行くことになった。本当に私はキュン死してしまうかも分からん。歳下を養うくらいの財産が欲しいと強く思った。歳下のかわいさは正義だとも思った。

 

散歩しながら考える

頭の中の疑問を水洗いして、皮を剥いて、包丁を入れて、茹でたり、炒めたりしていたら、頭が沸騰して眠れなくなったので夜の町を徘徊。ビーカーに入った水が沸騰。深夜徘徊アローン。夜にしか空いてないコーヒースタンドを見つけて、chill out。日曜日の夜にこういう事をするのも悪くない。

 

なんで人に会うのかを考えてたけど、特に意図・答えは無くて、その人に会いたいから会う。ただそれだけ。それだけでいいでしょ。

 

だから、会いたくない人に会うのは苦痛だなーと思う。会いたくない人に無理して会う必要はないよ。時間は平等。時間は有限。好きな事に使っちゃえ。

花があったら飾りたい

ふと、最近思うことがある。

猫って、なんで苗なんやろ。とか。

いやいや、そんなん考えたりはせんよ。

 

他人は違う人生を生きている。

これに尽きる。至極当たり前。当然の話。

 

いろんな人に会ったけれど、大人になっても連絡を取り合える人は大事にしましょう。

 

生活が違えば、会話が違う。

会話が違えば、見ている景色が違う。

見ている景色が違えば、価値観が違う。

 

同じ穴の狢。

 

頭の中で160個の大仏が森を走っている。

 

 

あ、オレ、お前とは違う村の者やったんか。

あの時、一緒に盆踊りを踊っていたけど、君はワルツを踊ってたんか。気づいてなかった。違う、気づいてない、気づかないふりをしてたんじゃないんか。直面する現実から目を逸らしてたんじゃないんか。余。

 

「あかんかった」とは言わんけども、「あかんかった」。過去に戻れるなら戻りたい。花があるなら飾りたい。

 

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