秀逸な話

秀逸(言いたいだけ)な話。

御殿場の秀逸な話

福岡帰省

先日、4年ぶりに福岡へ帰省。withじゃくさん(彼氏)

 

7時過ぎのフライト、羽田発。乱気流祭りの旅を終えたあと空港着。バスに揺られて小倉駅へ。街の景色がガラッと変わっていた。あいつと行った居酒屋は無くなり更地。喫茶店が潰れ大手小売店になっていたり、空白の4年の結果だけが飛び込んできた。朝、駐車場で目覚めて街の景色が変わっている、なんていうレベルじゃなかった。

 

相変わらず駅前は白のスニーカー、ぴったりとしたダメージパンツ、ハイブランドのショルダーバッグ、平成初期みたいなヤンキーがゴロゴロおって、地元やなぁと。どこで地元感じてんねん。

 

市街地でご飯を食べ終え、軽く地元を案内し一緒に実家へ。

 

母ちゃんは相変わらず母ちゃんで父ちゃんは父ちゃんで、弟は弟。猫は猫だった。猫が犬になっていたり、父ちゃんがハルクホーガンになっていた!なんてことはなかった。

 

1週間滞在して毎日誰かと会っていた。だいたいみんな結婚したり、子どもが産まれていたり、家を買ったり、モヒカンになっていた。中には10年付き合って関係を解消した、という先輩もおった。ただ、4年ぶりに会ってもオレらの関係性は変わらんかった。4年ぶりだろうが、6年ぶりだろうが、10年ぶりでも変わらない。ずっと友達後輩先輩。会ったらテキーラで乾杯!なヤツはテキーラで乾杯だった。前世は多分サボテン。

 

帰省中の思い出はインスタにまとめたので、ブログで書くことはあんまり無いなぁ。

 

思い出をピックアップするとなれば、じゃくさんを後輩Jに紹介できたのが嬉しかった。楽しすぎてオレは酒臭くなり千鳥足、後輩Jは記憶と指輪を喪失。楽しい代償はデカい、これが地元。制約と誓約。

 

あとは、ばあちゃんに会えたことかなぁ。オレが帰省したのが10月5日。ちょうど1ヶ月前の9月上旬にばあちゃんは転んで腰を打ち、歩けなくなって入院した。とのことでお見舞いに行こうと家族総出、いてこましたれ!みたいなノリで向かおうと思ったものの、流行り病のアレコレで面会は「平日のみ・面会は1名・面会時間は10分」というクラピカの念能力みたいな制約が課されていたので家族全員のお見舞いは叶わなかった。

 

翌日、オレ単独でお見舞いへ。4年ぶりに会ったばあちゃんは寝たきりだったものの、目が合ったら「兄ちゃんか?弟か?どっちや?」と相変わらず元気だった。ちなみにばあちゃんは弟に興味がなさすぎて名前で呼ばない。「おぉ、弟よ」と声をかける。江戸時代か。江戸時代で産まれ育ってないけども。

 

面会の中で、横浜に住んでいること、元気で暮らしていることを手を握りながら伝えた。ばあちゃんはしきりに「刻んだシソがうまい」と話していた。「シソ」の時だけ、握力が強かったように思う。食欲があるなら、たぶん、大丈夫。血色も良かったし、手はふっくらとしていた。

 

看護師の方から今後は施設へ入所する流れになる、と聞く。高齢者の待機問題なんてあるんやろうか?と頭によぎる。どこか入れる施設があればいいんだけども。

 

別れ際、ばあちゃんは「あんた、がんばりなさいよ」と言ってきた。オレはばあちゃんの目を見ながら「オレもがんばるけ、ばあちゃんもがんばり。やれることやっとたら、大丈夫よ」と言ったものの、恐らく大丈夫ではないし、オレに比べるとばあちゃんの先は長くない。ばあちゃんは95歳。長生きしとる。

 

寝たきりの老人が入院すると、外的な刺激が少なくなり、認知症が進んだりしてしまう。みたいな話がふわっと頭に浮かんできて、なんか知らんけど涙が止まらんかった。ばあちゃんも泣いていた。シソ色の涙。ハグをした所でちょうど10分。

 

ばあちゃんが理由ではないけど、また来年、帰省したい。あとは結婚した友達、先輩が家を買ったりしていて「次は家に泊まりに来てね!」と言ってくれたので、幸せな家庭にパンクスが単独突入!タナカママのこっそり朝御飯!朝から絶品スパイスカレー!胃がもたれ、仕事が手につかず、苦痛の1日が始まる!みたいなコトをしたい。

 

タイミング合わず会えんかった人もおったけど、お互い元気に生きとったら、また会える。

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